卒業できるUX ―良い離脱をデザインするということ

株式会社あさひデザインワークスの黒岩です。
テーマ:第1回「引き算のUX 」/全2回
デザインで「みらい」をつくる会社へ。

動画を見終わる。
数秒待つと、次が勝手に流れ始める。
タイムラインを指で上へ払う。
いくら払っても、底が来ない。
「あと1回だけ」と思ったゲームが、なぜかまだ続いている。

どれも、私たちの毎日にすっかり馴染んだ「普通」の光景です。
けれど、この「普通」は自然にそうなったわけではありません。

そこには「使い続けてもらう」という、誰かの設計判断があります。
次を自動で流すか、流さないか。
底を作るか、作らないか。
一つひとつが、選ばれた結果です。

では、その反対側の設計は、どんなものでしょう。

測れる軸は、ひとつではない

前今のデザインの世界で、体験の良し悪しはたいてい同じ物差しで測られます。
滞在時間、継続率、再訪、離脱の少なさ。
要するに、どれだけ長く、深く、使い続けてもらえたか。
でも、最適化できる軸は、実はもうひとつあります。

ユーザーが用事をすませて、気持ちよく去れること。
目的を果たしたら、もう来なくていいこと。
うまくいけば、その困りごと自体が消えて、サービスが要らなくなること。

私たちはこれを「卒業できるUX」と呼びたいと思います。
(学びを終えた人が学校を巣立つように、体験にもまた、送り出す設計があっていいはずです。)

ひとつ、先に誤解を解いておきます。
これは「機能を減らす」ことでも、「わざと不便にする」ことでもありません。

引き算するのは、機能ではなく、引き止める力です。
出口をなめらかにし、離れた後もその人の中に良い記憶が残るように設計する―
―それが良い離脱です。

「使わせない」ことが、なぜ損にならないのか

ここで当然、こんな声が上がります。
「使い続けてもらえなければ、商売にならないのでは」と・?

もっともな心配です。
けれど私たちは、ある介護施設の仕事を通じて、逆の手応えを得ました。
小さく始められて、いつでも気持ちよく離れられる。
そう設計したほうが、押し売りするより、はるかに深い信頼が生まれたのです。

理由はシンプルです。
引き止められた人は、離れたあとに「してやられた」という後味を残します。
けれど、きちんと送り出された人は、その体験の語り手になります。
時間軸を少し延ばして見れば、抽出(使い続けさせて搾り取ること)より、信頼のほうが得をする。
卒業できるUXは、ビジネスの否定ではなく、もっと長い目で見たビジネスの話なのです。

誰が、後で払っているのか

もうひとつ、目に見えにくい話をします。

「使い続けさせる」設計には、たいてい隠れた請求書がついています。
目の前の数字には決して現れないけれど、確かに誰かが後で払っている費用です。
払っているのは、まず利用者の注意です。
人が一日に使える注意の量は有限で、引き止められた分だけ、他の何かに向けられたはずの時間が削られています。

そしてその請求書は、利用者だけに届くわけではありません。
動き続けるサーバーが使う電力や資源。
作っては捨てられていくデバイス。
さらにその先には、いまの便利さのツケを受け取る将来の世代がいます。

彼らは、その場の会議には出席していません。
KPIのダッシュボードにも映りません。
けれど、確かに関係者です。

良い離脱をデザインするとは、この見えない請求書を、設計のテーブルの上に載せることでもあります。

卒業できるUX

図:軸を裏返す ―― 主流のUXが最適化する軸と、卒業できるUXが最適化する軸。その下に隠れた請求書がある。

あなたのサービスは、ユーザーを卒業させられますか

長く使ってもらうことを、私たちは無条件に「良いこと」だと信じてきました。
でも一度、その前提を裏返してみる価値はありそうです。
あなたのサービスは、ユーザーを気持ちよく送り出せるでしょうか。
その体験には、誰に届くかわからない請求書が、どこかに隠れていないでしょう

卒業できるUX:信頼を生む離脱

次回予告:この「卒業できるUX」を、身近な体験をひとつずつ解剖しながら確かめていきます。
まずは、いちばん静かに私たちの注意を請求している―

―あの「自動で流れる次の一本」から。

卒業できるUX ― 良い離脱を、デザインするということ ―

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コメント一覧 (1件)

  • このブログは、「システム思考」の視点から従来の「UXデザイン」のあり方を批判的に捉え直し、新しいUXの定義を提示する内容になっています。

    1. UX(ユーザー体験)の「評価軸」の転換
    従来のUXデザインは、主にビジネス側の指標(滞在時間、継続率、LTVなど)を最大化するために「どう使い続けさせるか」を追求してきました。

    従来のUX: ユーザーを引き止め、離脱を防ぐ設計。
    卒業できるUX: ユーザーの目的達成を助け、満足して「気持ちよく去れる(良い離脱)」設計。
    これは、単なる画面(UI)のデザインではなく、ユーザーの行動心理や去り際の感情体験までを含めたUX全体の設計についての議論です。

    2. システム思考における「システム境界の拡大」と「隠れたコスト」
    システム思考では、問題の影響範囲(システムの境界)を広げて捉えることが重要とされます。この資料では、まさにシステム思考的なアプローチが使われています。
    氷山モデル(図中の水面): KPIや売上といった「水面上の見えやすい成果」だけでなく、水面下の「見えにくいコスト」に目を向けています。

    声なき関係者(外部性の考慮): 目の前のユーザーだけでなく、「利用者の注意(脳の資源)」「電力や地球環境」「将来の世代」といった、KPIダッシュボードに映らないシステム全体の構成要素まで視野を広げて設計を評価しています。

    遅延フィードバック(時間軸の拡大): 「短期的には使い続けさせて抽出(搾取)した方が得に見えても、長期的には信頼を損なう」という、時間経過に伴うループ構造を示しています。

    また、「使い続けさせる」という目先の利益に閉じた従来のUXを、システム思考の視点(長期的・多角的なシステム全体の視野)を用いて捉え直し、持続可能で信頼を生む『卒業できるUX』へとシフトさせようと提案したものです。

    ADW

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