株式会社あさひデザインワークスの黒岩です。
―「なぜなぜ分析」の先にある問い
デザインで「みらい」をつくる会社へ。
会議室でよく見る光景。
トラブルが起きて、誰かが「なぜ?」と問いかけ、答えが出る。
もう一度「なぜ?」と重ねる。
それを4回、5回と繰り返して、最後に「では、こうしましょう」と対策が決まる。
全員が納得した顔で会議室を出る。
そして数か月後、似たようなトラブルがまた起きる。
なぜなぜ分析(5 Whys)は、トヨタ生産方式で体系化された、シンプルで強力な手法だ。
「なぜ?」を繰り返し問うことで、目に見える現象から、その奥にある原因へとたどっていく。
表面的な処置ではなく、根本原因に届くための技法として、製造業に限らずさまざまな現場で使われてきた。
けれど、なぜなぜ分析には見過ごされやすい弱点がある。
それは「なぜ?」という問いの形そのものに埋め込まれている。
◆「なぜ」が一本道をつくってしまう
なぜなぜ分析は、答えを一つずつ選びながら進む。
「なぜAが起きたか」→「Bが原因」→「なぜBが起きたか」→「Cが原因」。
この形式は、現実の因果関係を一本の鎖として描き出す。
しかし実際の問題は、たいてい枝分かれしている。
(報告書遅延の例)
報告書の提出が遅れた原因は、担当者の見積もりの甘さかもしれないし、他業務の割り込みかもしれないし、チームの優先順位の付け方の曖昧さかもしれない。
どれか一つを選んで掘り進めた瞬間、他の枝は視界から消える。
5回掘り終えた頃には、「これが原因だ」という確信だけが残り、拾いそこねた枝の存在すら忘れられてしまう。
◆ 都合の良い場所で、みんな止まりたがる
「なぜ?」を重ねるうちに、答えが個人の話に近づいてくる瞬間がある。
「担当者が確認を怠った」
「注意不足だった」。
ここで手が止まりやすい。
なぜなら、この答えは分かりやすく、対策も立てやすいからだ。
「今後は気をつけましょう」
「チェックリストを作りましょう」。
会議は気持ちよく終わる。
けれど、それは本当に根本原因だろうか。
「なぜ、その確認が個人の注意力だけに委ねられる設計になっていたのか」という、もう一段先の問いが残っていないだろうか。
都合の良い答えで止まってしまうのは、能力の問題ではなく、そこで止まると場が収まるからだ。
◆誰かに負荷を押し付けて終わっていないか
なぜなぜ分析の対策は、しばしば「もっと注意する」「もっと確認する」という形に着地する。
これは一見すると対策だが、実際には問題を解決したのではなく、負荷を特定の誰かに移しただけということが少なくない。
現場の担当者に、あるいは次にその仕事を引き継ぐ人に、見えない負担を先送りしているだけかもしれない。
◆ 「氷山モデル」という、もう一つの見取り図
これらの弱点に共通しているのは、「見えている範囲だけで因果を組み立てようとしている」ということだ。
ここで役に立つのが、システム思考で使われる氷山モデルという考え方である。
氷山モデルは、物事を4つの層で捉える。
水面に見えている「出来事」
繰り返し起きている「パターン」
それを生み出している「構造」(仕組み・ルール・力関係)
そして構造を支えている「メンタルモデル」(人々が当たり前だと思っている前提)。
なぜなぜ分析が主に扱っているのは、この一番上の「出来事」の層だ。
氷山モデルを併用すると、問いの向け方が変わる。
「なぜこの出来事が起きたか」で終わらせず、
「これは今回だけの出来事か、それとも繰り返されているパターンか」
「このパターンを生んでいる構造(誰がどう動く仕組みになっているか)は何か」
「その構造を当たり前だと思わせているメンタルモデルは何か」
と、階層を意識して掘っていく。
先ほどの「報告書遅延」の例で言えば、
「個人の見積もりの甘さ」で止まらず、
「早めに着手する人が損をする(急な依頼を押し付けられる)文化があるのではないか」
というメンタルモデルの層まで問いを進められるかどうかが分かれ道になる。





◆ 「なぜなぜ分析」を、入り口として使う
ここまで読むと、なぜなぜ分析そのものを否定しているように聞こえるかもしれない。
そうではない・。
なぜなぜ分析は、出来事の層を素早く言語化するための、非常に使いやすい入り口だ。
問題は手法そのものではなく、「5回掘ったら終わり」という区切り方にある。
実務で使うなら、なぜなぜ分析を進めながら、次の「2つの問い」を自分に投げかけてみてほしい。
1.この対策は、誰かの注意力や善意に依存していないか・?
2.この対策は、負荷をどこかに(誰かに、あるいは将来に)移しているだけではないか・?

◆「なぜ」を5回で終わらせない
SDGsの取り組み



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