株式会社あさひデザインワークスの黒岩です。
── SYSTEMS THINKING|システム思考のはなし─
今回:ネイティブアメリカン—ハウデノサウニー(イロコイ連邦)に伝わる、「七世代先のことを考える」という考え方です。
前回、システム思考の「氷山モデル」で、いちばん深いところに「メンタルモデル」の層があるとお話ししました。
私たちが無意識に前提としている、価値観や世界観の層です。
今回は、その深層にはるか昔から根を下ろしていた一つの思想を重ねてみます。
ネイティブアメリカン—ハウデノサウニー(イロコイ連邦)に伝わる、「七世代先のことを考える」という考え方です。

七世代先という、時間のものさし
「いま自分が下す決定は、七世代先—およそ150年後に生きる、まだ生まれていない人々にどう影響するか」。
目の前の損得ではなく、遠い未来に生きる他者を基準にして選ぶ。
言いかえれば、まだ声を上げられない相手を、意思決定のテーブルにあらかじめ座らせておく、ということです。
前回ふれた「声を持たない関係者」を、時間の軸で先取りしていた知恵だと言えます。
システム思考との、意外な近さ
西洋で育ったシステム思考は、「すぐには見えない、遅れて現れる影響やフィードバックを見よ」と説きます。
七世代思考は、それを時間の言葉で先に言い当てていました。
氷山モデルに置けば、七世代思考は個別の施策でも構造でもなく、いちばん底の「世界観」の層にあります。
だからこそ、小さな介入で大きく変わるレバレッジポイントになりうる。
対策をいくつ足すよりも、「私たちは誰のために決めているのか」という前提そのものを入れ替えることが、いちばん深く効くからです。
サステナビリティの、ずっと前から
国際的に知られるサステナビリティの定義は、「現在世代のニーズを、将来世代がニーズを満たす能力を損なわずに満たすこと」。
これは、七世代の倫理を政策の言葉に翻訳したもの、とも読めます。
ただし順序は逆で、七世代の思想のほうがはるかに古い。
しかも「損なわない」にとどまらず、より良い状態で次へ手渡す責任まで含んでいる点で、近年注目される「リジェネラティブ(再生)」の射程にも通じています。
「損なわない」で守りに入るのではなく、受け取ったときより少し豊かにして手渡す—
—そんな前向きな責任の感覚が、そこには含まれています。
同じ根から、役割が分かれる
面白いのは、この三つが「同じ」でもあり「補い合う」でもあることです。
深いところ——世界観の層では、三つとも同じことを言っている。
「いま声を上げられない相手を、決定に含めよ」。ところが実践の層に上がってくると、役割が分かれます。
七世代思考は「なぜそうすべきか」を、システム思考は「どう見抜くか」を、サステナビリティは「何を満たせば良いか」を受け持つ。
根が同じで、幹から上が枝分かれしている——一本の木のような関係です。
引き算としての、七世代
最後に、忘れたくない視点をひとつ。
七世代思考が問うのは、多くを為すことではなく、むしろ自制することです。
「七代先が丸ごと受け取れるよう、いま何をやめておくべきか」。
この抑制の感覚は、日本語の「もったいない」とも深く響き合います。
便利な道具—システム思考やサステナビリティの枠組みだけを取り出して回すのは、じつは簡単です。
けれど、その根にある世界観、まだ見ぬ相手への責任と自制を置き去りにすると、「効率よくサステナブルを達成する」といった、どこか転倒したことが起きてしまう。
道具と世界観を、両方とも手放さないこと。
古い知恵は、そのことを静かに思い出させてくれます。

「150年先の未来を、今日のテーブルに。」七世代思考の世界



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