株式会社あさひデザインワークスの黒岩です。
── デザイン会社として読み解くスポーツ倫理と「誠実な発信」の条件。
サッカーはデザイン思考そのものだ。 開幕まであと9日
スポーツは政治と無関係ではない——もう、そう言い切れない時代だ。
2022年カタール大会では、スタジアム建設に関わった移民労働者の権利問題、LGBTQのサポーターへの規制、女性の権利の制限が世界的な議論を呼んだ。
スポーツの祭典が、人権問題の焦点になった。
FIFA はその反省を受ける形で「Sustainability & Human Rights Strategy」を策定し、WC2026では明確な人権コミットメントを大会の柱の一つに据えた。
しかし「戦略を掲げること」と「実践すること」の間には、常に大きな距離がある。
今日はFIFAの人権戦略の中身を読み解きながら、デザイン会社として「誠実な発信とは何か」を考える。
これは、私たちがクライアントのブランドコミュニケーションに向き合うときと、まったく同じ問いだ。
01 FIFAサステナビリティ戦略の4本柱
FIFA の Sustainability & Human Rights Strategy は「社会・環境・経済・ガバナンス」の4本柱で構成されている。
今日の人権テーマは主に「社会」ピラーに収まるが、他の柱とも密接に絡み合っている。
| 👥 社会(Social) | 🌱 環境(Environment) |
| People & Communities | Planet & Nature |
| 労働者の権利保護・ジェンダー平等・インクルージョン・先住民族の権利・地域コミュニティへの貢献。最も広範で、かつ最も可視化されやすい柱。 | CO₂削減・廃棄物管理・水効率化・生物多様性の保全。Day2・Day5で詳述した内容がこの柱に収まる。 |
| 💰 経済(Economic) | ⚖ ガバナンス(Governance) |
| Prosperity & Impact | Ethics & Accountability |
| ホスト都市・地域経済への波及効果の最大化。中小企業・社会的企業の参加促進。観光収益の適正分配。 | 腐敗防止・透明性の確保・ステークホルダーへの説明責任。FIFA自身の組織改革の継続的な取り組み。 |
02 WC2026が向き合う5つの人権課題
WC2026では、以下の主要な人権課題がFIFA・ホスト国・スポンサー企業のそれぞれに問われている。
「スポーツは楽しいもの」という前提の裏側に、実際に何が起きているかを直視しておきたい。
| 課題領域 | 具体的な問題 | FIFAの対応策 | 評価・課題 |
|---|---|---|---|
| 移民労働者の権利 | 建設・警備・清掃など大会インフラを支える労働者の賃金未払い・過酷な労働環境 | サプライチェーン監査の義務化・苦情申し立て窓口の設置 | △ 監査の実効性に課題 |
| ジェンダー平等 | 女性のスポーツへのアクセス格差・女性審判への機会不平等・スポンサーの性別ステレオタイプ | 女性審判のグループステージ起用継続・女子W杯への投資拡充 | ◎ 可視化は進んでいる |
| LGBTQ+の権利 | 一部ホスト都市・スポンサー国での同性愛嫌悪的な文化・法制度との摩擦 | 差別禁止ポリシーの明文化・虹色サポーター向けガイダンスの提供 | △ 一部都市での実施が不安 |
| 先住民族の権利 | スタジアム建設・インフラ整備が先住民族の土地・文化に与える影響 | ホスト都市ごとの先住民族協議プロセスの義務づけ(カナダで先行) | ◎ カナダは取り組み先進的 |
| メディア・表現の自由 | 特定国の記者・活動家の取材制限・SNS発信への圧力 | FIFA公式のプレスフリーダム原則の策定・認定記者証の透明な審査 | ✗ 実施力に疑問の声も |
表中の「評価・課題」欄を見ると、「◎(進んでいる)」と「△(課題あり)」と「✗(疑問あり)」が混在していることがわかる。FIFAの人権戦略が「言葉だけの宣言」にとどまるか、「実践を伴うコミットメント」になるかは、現在進行形の問いだ。
“ 人権デュー・デリジェンスとは、問題が起きてから謝罪することではない。起きる前に予防し、起きたときに速やかに修復する仕組みを持つことだ。 ”
— 国連ビジネスと人権に関する指導原則(意訳)
03 「スポーツウォッシング」という批判と向き合う
スポーツウォッシング(Sportwashing)——
この言葉を知っているだろうか。
権威主義的な政府や人権問題を抱える企業が、スポーツへの投資・開催を通じて自らのイメージを「洗い流す」行為を指す。
2022年カタール大会はその典型として批判された。
石油資本が支えるクラブへの投資、独裁的統治体制を持つ国家による大会開催——
「サッカーの祭典」が国際社会での正当性獲得のツールとして機能するという批判は、今なお根強い。
WC2026でも同様の問いは残る。
スポンサー企業の中には、環境・労働・人権面で問題を指摘されてきた企業も含まれる。
「FIFA が人権を掲げること」自体は重要な前進だが、それがスポーツウォッシングの隠れ蓑にならないかを問い続けることも必要だ。
📌 スポーツウォッシングを見抜く3つの問い
① 約束は具体的か?:「人権を尊重する」という言葉の裏に、測定可能な目標と期限があるか。
② 第三者が検証できるか?:自己申告だけでなく、独立した監査・報告書があるか。
③ 失敗を認めているか?:課題や失敗を正直に開示しているか。完璧さではなく誠実さが問われる。
04 デザイン会社として問う:グリーンウォッシュとの境界線
「スポーツウォッシング」の問題は、実は私たちデザイン会社が日々向き合う「グリーンウォッシュ」の問題と同型だ。
クライアントのサステナブルな取り組みをコミュニケーションに落とし込む際、「本当にそう言っていいのか」という問いは常に伴う。
| 判断軸 | ⚠グリーンウォッシュの典型パターン | ✅誠実なサステナブル発信の条件 |
| 言葉の精度 | 「エコ」「サステナブル」「グリーン」などの漠然とした形容詞を多用 | 具体的な数値・認証・対象範囲を明記した表現を使う |
| 実態との整合性 | 一部の取り組みを全体の姿勢であるかのように見せる | 取り組みの範囲・限界・課題を正直に開示する |
| 第三者の検証 | 自社データのみで「環境に優しい」と主張 | 第三者認証・外部監査・比較データを添える |
| 変化の方向性 | 現状の「良い点」だけを切り取って発信 | 「今はここまで、次にここへ」という進行方向を示す |
| ステークホルダーの声 | 受益者・影響を受ける当事者の声が発信に含まれない | 当事者の声・フィードバックループを設計に組み込む |
デザイン会社は「見せ方の専門家」だ。
だからこそ、「実態を超えた見せ方」への誘惑にも最もさらされている。
私たちが大切にしているのは「翻訳の誠実さ」——
クライアントの現実を、誇張も矮小化もせず、正確に社会に届けることだ。
05 デザイナーのための人権・倫理チェックリスト
私たちがサステナブルな活動をしているクライアントのコミュニケーションを設計するとき、「この発信は倫理的に誠実か」を確認するためのチェックリストを共有したい。
| デザイン倫理チェック項目 | 判断のヒント |
| 発信の根拠は事実に基づいているか | データ・認証・第三者確認があるか |
| 取り組みの範囲・限界を正直に示しているか | 「全て解決した」ではなく「ここまでできた」 |
| 当事者(受益者・影響を受ける人)の声が含まれるか | 代弁ではなく当事者の言葉を使う |
| 課題・失敗を開示する勇気があるか | 完璧さより誠実さが長期信頼を生む |
| 変化の方向性と次のステップが示されているか | 現在地だけでなく「向かう先」を語る |
| 文化的文脈・多様性への配慮があるか | 一つの価値観を「普遍」として押しつけない |
| 発信後のフィードバックを受け取る仕組みがあるか | 一方向発信ではなく対話の設計 |
06 Z世代へ:「好きなスポーツの影」を知ることの意味
ワールドカップが好きなことと、その裏にある問題を知ることは、矛盾しない。
むしろZ世代は「好きだからこそ、誠実に向き合う」という姿勢を選んでいる層が多い。
推しのクラブのオーナーが人権問題のある国の政府系ファンドだと知ったとき、どう感じるか。
好きなブランドが広告で多様性を謳いながら、自社のサプライチェーンでは差別的な労働環境があると知ったとき、どうするか。
「知らなかった」から「知った上でどうするか」へ——
その問いを持つことが、スポーツをより豊かに、そして誠実に楽しむことにつながる。
批判することが目的ではなく、問い続けることが目的だ。
💡 デザイン会社からのメッセージ
私たちが「サステナブルデザイン」を仕事にするのは、見た目をきれいにするためではない。
人・社会・環境の間にある「見えない摩擦」を可視化し、より誠実な関係を設計するためだ。
FIFAの人権戦略も、私たちのクライアントワークも、問い続けることをやめない姿勢が土台にある。
SDGsの取り組み



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